Blogs

代表ブログ

背景画像
2026.08.24
スキル, ビジネス

「無いものねだり」の消耗戦から、「今あるもの」で攻め入る「ブリコラージュ経営」への転換

激減した環境は元には戻らない

激変する世界情勢や、少子高齢化や人材不足などの国内問題を背景として、「部品の納期が全く読めない」「資材価格は高止まりしている」「求人を出しても全く反応がない」というような事態が発生しています。日々多くの中小企業の経営者から焦燥感に満ちた悲鳴のような声をお聞きしています。

新型コロナウイルスで大混乱だった頃、「コロナ禍が明ければ元に戻る」と皆が思っていましたが、現実はそうではありませんでした。
オンライン化、新しい生活スタイル、AIなど、様々なものに変化が生まれました。
現在の環境も「この波が過ぎ去るまで耐えれば元に戻る」訳ではないことを、私たちは認識しなければなりません。
今起きている様々な変化も一過性のショックではなく、これからの時代の「新しい前提(ニューノーマル)」としてこの環境を捉えなければならないということです。
「計画通りにモノが入ってこない」「物価が予測できない」「人材が不足し今までのように人が動かない」というような変化が「当たり前」の時代に突入したのです。

「計画死守」という消耗戦からの脱却

このような環境の激変に対し、多くの企業は「立案した計画を死守しよう」と奮闘しています。
高騰するコストを自社の利益を削って吸収し、人員不足による現場の穴を長時間労働や気合でカバーして、既存のサプライチェーンをなんとか維持しようとしています。
しかし、この「防衛戦」は、潤沢な資本を持つ大企業であっても消耗戦となっており、中小企業にとってはいつまで持つかわからないチキンレースになっています。環境が大きく変わっているにも関わらず、昨日までの設計図の通りにパズルを完成させようとする経営は、すでに限界を迎えています。

いま現場の最前線に必要なのは、「無いものを嘆くこと」でも「環境が好転するのを待つこと」でもなく、発想のパラダイムシフトです。「今、確実に手に入る資源やリソース」と「自社が本来持っている本質的な強み」を掛け合わせ、まったく新しい分野へ攻め入ることこそが求められます。

「ブリコラージュ」という野生の思考法で能動的な経営へ

ここでカギとなるのが、文化人類学の概念である「ブリコラージュ」という思考法です。

あらかじめ用意された完璧な設計図通りに、最適な材料を外部から調達して物を作る「エンジニアリング(設計主義)」とは異なります。ブリコラージュとは、「その場にあるあり合わせの道具や材料を使って、知恵を絞り、目的のものを創り出す」という野生の思考法です。

近年の経営学においても、資金や人材が不足している中小企業やスタートアップが、無いものを嘆くのではなく、社内にすでにある技術、人脈、失敗データなどの既存リソースを組み合わせてイノベーションを起こす力として再評価されており、これからの経営にはまさにこの精神が求められます。

「制約」こそが、新しい市場を切り拓く武器となる

特定の部品が入らず製品が作れないなら、その製品を作ることに固執するのを一旦やめ、今手元にある材料と自社の卓越した加工技術を使って、いま世の中が求めている全く別のニッチ製品を作れないかと思考を変化させるべきです。

人が足りず既存の労働集約型の事業が回らないなら、無理にそれを維持するのではなく、社内のベテランが持つ暗黙知やノウハウ自体をデジタル技術で体系化して、新たなサービス事業や教育事業へ転換できないかを探ることもできます。画期的なイノベーションの多くは潤沢なリソースからではなく、強烈な制約と不足、そしてペイン(痛み)の中から生まれており、リソースが足りないからこそ、これまで見過ごされてきた自社の眠れる資産が突然輝き出すのです。

「無いものねだり」をやめて、「新たな攻めの手」を探し出す

「無いものねだり」をやめた瞬間から、経営の打ち手はもっと自由で、もっと攻撃的なものに変わります。
皆様の会社には、どんな「眠れる資産」が隠れているでしょうか。
日々の激しい消耗戦から少しだけ一歩引き、第三者の視点も加えた上で、自社の「手持ちの資源と強み」から「新たな攻めの手」を探し出す時間こそが、今の経営に最も必要とされている思考の転換点になり得るでしょう。

【参考】
・経営診断におけるブリコラージュ研究の貢献―探索的考察―(福田康典)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmda/25/0/25_62/_pdf/-char/ja

ブログ一覧にもどる